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福島原発事故から10 
低線量放射線は有害か、強制避難は必要だったか

大阪大学名誉教授・彩都友紘会病院長  中村仁信

 
2011311日の東京電力福島第一原子力発電所事故からはや10年になる。事故の原因は地震そのものではなく、津波による浸水で非常用発電機が作動せず、燃料棒の冷却が出来なかったことだ。そのため翌日に水素爆発が起こり、建屋が吹っ飛んだ。非常用電源を高所に設置していれば、事故は起こっていない。警告した人がいたにもかかわらず、怠っていた東京電力の責任は大きい。
結局、福島原発事故の規模はチェルノブイリの数千分の一で、拡散した放射性物質による低線量の被ばくは、人体に悪影響を与える線量ではなかった。にもかかわらず、首相命令で強制避難が行われた。病院、介護施設の患者、高齢者の長時間の移動により、避難途中の厳寒のバス内および避難先到着後に46名が死亡、その後、体調を崩し14名が死亡した。強制避難による死亡者は60名になる。バスを出迎えた看護師は、座席に座ったまま亡くなっている人が真っ先に目に入り、ショックを受けたという。
当時の政府、指導者の知識のなさが悔やまれるが、根本にあるのは、放射線は少しでも怖いという、根拠のない説である。“これ以下は安全というしきい値がない”という主張で、直線しきい値なし説(以下LNTと呼ばれる。このような誤った仮説が世界中において信じられ、放射線に対する考え方の基本になってしまっている。そして、このしきい値なし説が、放射線が関係する、あらゆる不都合・不合理の元凶になっているのである。
 
直線しきい値なし説は捏造だった―放射線だけは少しでも危険という考え方はなぜ生まれたか
ほとんどの薬は大量に飲めば毒になり、毒物も微量なら薬になる。塩も紫外線も多量は体に悪いが、微量なら体に有益と認められている。“しきい値以下の微量であれば、安全であるのみならず体にいい影響がある”というのは、毒物学においても常識である。しかし放射線だけは、“どんなに微量でも危険で、線量に比例して害がある”というLNTが長年信じられてきた。1958年、国際放射線防護委員会(ICRP)がLNTを認めて以来、60年以上も経つので、今や常識化し固定観念となっていると言っていい。放射線の勉強をすれば、まずこのLNTを教えられる。私は1971年に医学部を卒業して、1972年に放射線科医となったが、まず教えられたのが、“放射線は微量でも有害で人体に蓄積する。だから被ばくは少しでも減らさなければならない”ということだった。
LNTの原点は、1927年ハーマン・マラーという遺伝学者によって行われた、ショウジョウバエの精子に放射線を照射するという実験だった。ハエなどの昆虫では、交尾後に精子は雌の体内の袋に蓄えられるので、交尾後のメスに照射すれば受精が確実な精子に照射でき、突然変異が起こるかどうかを調べることが出来る。マラーは、被ばく線量と突然変異の発生頻度は正比例し、放射線影響は蓄積するので、放射線は微量でも危険と主張した。原発事故後によく知られるようになった1ミリシーベルト(公衆被ばくの年間限度)の数千倍の高線量の照射では、マラーの言う通りに突然変異が発生し、その頻度は線量に比例した。放射線影響が蓄積するというのは、精子だけに影響が蓄積するという意味で、精子にはDNA損傷を修復する機能がないためだ。精子に修復能がないのは、ハエも人も同じである。普通の細胞は常にDNAの損傷を受け、その度に修復を繰り返している。
1945年広島・長崎に原爆が投下され、放射線の影響が懸念される中、1946年のノーベル賞がマラーに授与された。受賞対象となったマラーの論文は、詳しい実験方法や照射したハエの数などのデータ、図表もなく、物議をかもしたのだが、就職などの面倒を見てもらっていたロックフェラー財団の後押しもあったためか、何とか乗り切ってしまった。マラーは自説を通すためには事実を曲げても平気な人物だったようで、ノーベル賞受賞講演前にしきい値があるという論文を受け取りながら、これを無視した。そして、放射線はどんなに微量でも危険だと宣伝するだけでなく、しきい値があるとする研究者には圧力をかけた。
 研究者失格と言えるマラーだが、彼だけだったら、これほど大きな影響力はなかったであろう。マラーをバックアップし、LNTを確固たるものにしたのがロックフェラー家であった。理由は簡単で、石油産業で財を成したロックフェラー家にとって、原子力によるエネルギー開発が発展するのは好ましくなかったからだ。ロックフェラー財団は米国科学アカデミーを取り込み、研究費を与え、所有するニューヨーク・タイムズを使い、キャンペーンを行った。科学アカデミー内の遺伝委員会が論文を書き、ニューヨーク・タイムズは一面トップで、“放射線は人類の脅威、微量でも子孫に有害”と恐怖を煽った。ICRPも米国科学アカデミーの主張は最重要視せざるを得ず、LNTを認めてしまった。
マラーとロックフェラー家の企みは成功し、それから60年、世界中の人々が洗脳され続け、“放射線は少しでも怖い”のが常識になってしまったのである。その呪縛は現在も続いており、福島では風評被害をもたらし、意味のない除染で数兆円が使われ続けている。
 
米国科学アカデミーは原爆被爆者の生涯調査を都合よく利用した―被ばく線量は過小評価され、発がんリスクは過大評価されている
LNTが多くの科学者にも信じられるようになった理由には、米国科学アカデミーの、その後の調査発表の影響がある。米国科学アカデミーの「電離放射線の生物学的影響に関する委員会」は、原爆被爆後生存者の生涯調査データを都合よく利用し、LNTを支持するものだと主張した(2005年)。100ミリシーベルト以下ではがんのリスクがあるとは言えないものだったが、100ミリシーベルト以下の低線量域を1点にまとめ、直線のように見せた。これは統計学によるまやかしの手段である。フランスの医学・科学アカデミーはこれに反対し、しきい値があるとしている。米国エネルギー省もしきい値があるとしているが、かつてLNTを認めたICRPは、現在では100200ミリシーベルト以下は不明としている。
さらに言うと、黒い雨として降り注いだ残留放射線には高い放射能が含まれ、初期放射線の2倍もあったのだが、原爆投下後3日以内に入市した人たちの浴びた残留放射線の線量は調査データに加えられていない。残留放射線を加えると原爆被爆後生存者が受けていた線量はもっと多いものになるので、線量が少なく算定されている分、がんリスクは過大評価されていることになる。その後、2012年の追跡調査では、180ミリシーベルト以下ではリスクはないことが明らかになった。被曝後生存者の平均寿命が日本人の平均寿命を超えていることから、ホルミシス効果を指摘する研究者もいる。いずれにせよ、被爆後生存者の生涯調査データがLNTを支持するという主張は成り立たないことが明らかである。
 
低線量放射線でガンは増えるのか
 LNTに従えば、福島のような低線量でもわずかでも発がんが増えることになる。事故直後には、福島だけでなく東京にもがんが増えると騒いだ人たちがいた(広瀬 隆:東京が壊滅する日 フクシマと日本の運命 2015年ダイヤモンド社)。
放射線の全身被ばくで最も生じやすいのが、血液のがん、白血病であるが、潜伏期間は早くて2-3年、68年でピークに達する。もうすぐ10年になるのに白血病が増えていないということは、今後も増えない。原爆後生存者においても、200ミリシーベルト以上でないと白血病が増えていないので、当然の成り行きである。一方、多くの固形ガン(各臓器のガン)は潜伏期間が10年、20年、30年と長いが、放射線でガンになるリスクは白血病よりも低いので、将来増える可能性はまずない。
 唯一、甲状腺がんを心配する向きもあるかもしれない。事故後の小児の検診で多数の甲状腺がんが見つかったからである。しかしこれらは、事故後の放射線の影響と考えるのは無理がある。なぜなら多くは1年以内、2年以内に見つかっている(そんなに早くがんにならない)こと、年齢が5歳以下でなく10歳以上が多い(ヨード取り込みは5歳以下なのでチェルノブイリでは多くが5歳以下)こと、その後増えていないことなどが、その理由である。大規模な検診をしたから見つかっただけかというと、その通りである。ちなみに韓国では、超音波での乳がん検診の際、同時に甲状腺ガン検診を施行したところ、甲状腺がん患者が急増したが、死亡率は変わらなかった。精密に検診すればするほど、甲状腺がんは見つかる。
 以上より、福島原発事故後の低線量放射線でがんが増えるとは考えられない。
 
 医療被ばくにおけるLNT
医療被ばくを考えるうえでも、LNTは基本中の基本だった。放射線機器メーカーは少しでも被ばく線量の少ない機器を作ろうとし、放射線技師、時に医師も少しでも少ない線量で撮影しようとする。診断能の高い画像より、被ばくの少ない撮影が優先されることもある。
そんな中、2017年の米国核医学会誌に掲載された論文(JNM 2017;58:1-6)では、“画像診断レベルの低線量(100ミリシーベルト以下)による発癌リスクは存在しない。LNTは根拠のない仮説に過ぎないので、そこから生み出されたALARAの原則(必要かつ最小限の線量で撮影すること)も意味のないものである。LNTを支持する証拠は存在せず、ホルミシスを支持する証拠は多数ある”などと明快にLNTを否定している。また、同じ著者の別の論文(JNM 2017;58:865-868)では、小児の低線量被曝に関して、“小児では突然変異が増えても高いアポトーシス機能(変異のある細胞を除去する機能)で処理でき、健全な免疫系ががん細胞を除去するので、臨床的ながんに至らない。従って(低線量においては)小児が大人より放射線感受性が高いということはない”とも述べている。このようなLNTを真っ向から否定する論文が米国の一流医学誌に出たことは驚きで、ロックフェラーも米国科学アカデミーも、福島原発事故後は原子力への警戒を緩めたのだろうか。
実際、CT撮影でもDNA 損傷は生じるが、元通り修復されることも明らかになっているので、CTでがんのリスクが増えることはない。
 
日本のエネルギー政策について
 一昨年末に国連の温暖化防止会議(COP25)がスペイン・マドリードで開かれ、石炭火力発電に固執する日本の姿勢に批判が集まった。石炭火力発電はどのように高効率であっても、天然ガスの約2倍のCO2を排出するため、温暖化による気候変動の最大の要因の一つになっているからだ。そのため、日本は化石賞という、温暖化対策に消極的な国に与えられる不名誉な賞を受賞した。このままの気温上昇が続くと10年後には温暖化が加速して地球の灼熱化が始まる。アラスカやツンドラ地帯でメタンガスが噴出する。メタンガスはCO2の約10倍の温室効果がある。その結果、日本でも多くの都市が水没すると、NHKの特集番組が警告を発していた。CO2を減らしていけるかどうか、これからの10年にかかっているという。COP25の目標は2050年までにCO2排出ゼロを達成することだが、桜井よしこ氏が産経新聞の論説で、原子力規制委員会と電力会社を叱咤しつつ書いていたように、日本のエネルギー政策としては、再生可能エネルギー技術の向上と原子力発電の活用しかない。
原発の活用が進まないのは、言うまでもなく、福島原発事故の影響が大きい。事故の原因は、津波に対する備えをしてこなかった東京電力の落ち度であり、原子力がいけないということにはならないのだが、これに輪をかけているのは、放射線は怖いという固定されてしまった観念であろう。
マラーとロックフェラー家の企みは、ここにも生きているのである。
 
追記
マラーによるLNTの捏造、ロックフェラー家の関与、広島・長崎の残留放射線などに関して、須藤鎮世「福島へのメッセージ 低線量放射線がもたらす長寿と制癌」(幻冬舎2019年)を参照した。
 

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